呼び放題になった「お母さん」|処置室で思い出したこと・贅沢系リーンFIREの日常2026/2/2

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すっかり復調した50代
少なくとも今週一杯は
調子に乗らないようにします🙋‍♀️

最近はTVで見てるの図

ずっとTVでは
別のYoutube
iPadでストレッチ動画
2台体制だったんだけど
集中したいと思うようになって
最近はシングルタスク
特に何か変わるって
感じは今のところ
ないっす

阿鼻叫喚の救急当番病院

先週、救急で
病院送りになった時
21時過ぎの処置室は
結構、カオスだった件

救急で処置室に行くと
ざっくりトリアージされ
※傷病者が多数の場合、緊急・重症度で治療の優先順位を決める
ストレッチャーに乗ったまま
順番待ちが起こることがままある
大人しく寝たまま待ってると
あちこちで水を求める
声が上がる
腹痛患者あるあるで
どうしても喉が渇くのだ
ろんも水が飲みたかった
でも、基本、飲ませてもらえない
診察後の処置内容によっては
水を飲んじゃうと検査できず
より苦しみが長引くので
よっぽどの場合(舌が脱水でひび割れるとか?)でも
ガーゼで口を湿らせるくらい

そんな中
とりわけ賑やかなおっちゃんがいた
まだ廊下にいる時から
「痛い」「痛い」と
叫びまくるおっちゃん
痛いわりには声に張りがあって
ある意味元気
「痛み止め打って」「痛い」を
繰り返し訴え続ける
でも、腕に針を打つのは
大暴れする
3回目くらいで
ようやく針が入り
お望みの痛み止めが入ると
今度は「喉乾いた」「水ちょうだい」を
繰り返す
ずっと叫んでいたが
ふっと静かになった、と思ったら
少しすると

看護師
看護師

え⁉️
先生、〇〇さん(おっちゃん)が
いなくなっちゃいました!

おっちゃん
水もらえず
処置室脱走🏃‍♀️

賑やかなおっちゃんの声を聞きながら
ろん母のことを思い出していた
感情の起伏というか
自分の気持ちの伝え方が
なんだかそっくり💡

今の自分に
見えること
感じること、が
世の中の全てで
理屈や道理は
ほぼほぼ通じない

特に生理的欲求に関して
この態度が顕著で
ろん母もよく
腹が減ると
怒鳴り散らしていた

怒鳴っても
お腹は膨れないと
思うんだけどねぇ

ろん母が
去年(2025)河を渡って
もう腹痛の時
母を呼ぶことは
ないのかなぁと思っていた
※腹痛の時「お母さん」と呼んでるのは実は”理想像”を呼んでた?の話はこちらから読めます

でも、今回も呼んでいた
「お母さん」
なぜだろうかと
痛みの間に
考えていた

ずっと
「あぁやはり自分も母というのは
特別な頼りたい存在なのか」と思ってた
ただよく考えると
彼女(ろん母)は
小学校後半にはもう
腹痛で呼んでも
枕元に来ることはなかった
だから、実家では
「お母さん」と
呼ばなくなっていたのを
思い出した

実家を出て
一人で暮らすようになってから
呼ぶようになったのだ
絶対に来ないと
わかっているからこそ
呼べるようになったのかも🤔

つまり
存在自体が
今世から消えた今
………
呼び放題である
╭( ・ㅂ・)و 

心置きなく
呼びつけよう

平和な世の中を望んでいます

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